◆今日の一品◆ |
とっても渋い白黒のテレビ画面。大きくプロレスと書かれたバックにいるのは力道山でしょうか? プロレスラー力道山が国民的ヒーローだったのは昭和29年、30年の2年間でした。 当時、力道山人気は大人だけでなく、力道山の空手チョップに憧れた全国の少年ファンが学校の教室や校庭でのプロレス遊びに夢中になり、昭和30年には死者が出る大事故が起きました。そこでとうとうヒーロー力道山自身が新聞紙上で「子どもはプロレス遊びを止めよう!」と呼びかける騒ぎになりました。それほど、子どもの間での力道山人気のすごさが伺われます。家庭にテレビが普及していなかったその時代、子どもが力道山を見られるのは映画館でのプロレスニュースぐらいで、今のプラズマテレビよりも高価だったテレビが家にある子どもはかなりの金持ちでした。そのテレビものちの皇太子ご成婚や東京オリンピックの中継で飛躍的な普及を遂げていきます。昭和40年代の半ばまで、普通の家庭はこの白黒テレビが主流でした。 |